望月慎太郎選手のジュニア時代の経歴とプロ転向後の軌跡:2026ウィンブルドンでシナーに敗れるも、四大大会初のベスト16の快挙

2026年ウィンブルドンで、望月慎太郎選手が大きな一歩を刻みました。

男子シングルス2回戦で、予選勝者の望月慎太郎選手は世界ランキング47位のイーサン・クイン選手を6-2、7-6、7-5のストレートで破り、四大大会で初めて3回戦に進出、更にベスト16まで快進撃を続けています。

望月選手は大会前の世界ランキング151位。どこまで上げるか、、楽しみです。

目次

望月慎太郎選手のプロフィール

項目内容
名前望月慎太郎
生年月日2003年6月2日
出身神奈川県川崎市
利き腕右利き
バックハンド両手打ち
身長176cm前後
ATP自己最高ランキングシングルス92位
主なジュニア実績2019年ウィンブルドン・ジュニア男子シングルス優勝、日本人男子初のジュニア世界ランキング1位
主なプロ実績2023年ジャパンオープンベスト4、ATPチャレンジャー優勝、2026年ウィンブルドンベスト16

望月慎太郎選手は神奈川県川崎市出身です。

小学生時代から全国レベルで頭角を現し、2014年の第31回第一生命全国小学生テニス選手権大会では、神奈川県・川崎市立向小学校の選手として出場しました。
この大会で望月選手は男子シングルスベスト4に進出しました。当時、ベスト4に残った選手の中で唯一の小学5年生でした。

望月選手の出発点は、神奈川県川崎市です。日本の小学生大会で結果を残し、その後、世界を目指すルートへ進みました。

ジュニア時代の実績詳細

年・年齢主な出来事
3歳頃兄・姉の影響でテニスを始める。IMG Japanのプロフィールによると、「二人の兄と姉の影響もあり3歳でテニスを始めた」とのこと
小学生時代小学生時代から全国レベルで頭角を現し、全国小学生大会でも上位に進出
12歳「盛田正明テニス・ファンド」の奨学生となり、米国フロリダ州のIMGアカデミーへテニス留学。
錦織圭選手、西岡良仁選手らと同じように、海外拠点で本格的に育成を受けるルートに入る。
2017年日本代表としてワールドジュニアに出場。アジア予選を突破し、世界大会では日本チームの3位に貢献。
2017年ジュニアの名門大会であるオレンジボウル14歳以下エディー・ハー14歳以下で連続優勝。
2019年全仏オープン・ジュニアでベスト4。クレーでも結果を出し、グランドスラム・ジュニアで上位に進出。
2019年ウィンブルドン・ジュニア男子シングルス優勝。日本男子として初めてジュニア・グランドスラムのシングルスを制覇しました。
2019年日本人男子として初めてジュニア世界ランキング1位に到達。
2019年ジュニアデビスカップ日本代表として出場し、日本の9年ぶり2度目の優勝に貢献。

望月選手は、単にパワーで押すタイプではなく、ジュニア時代からコートを広く使う感覚、ネットプレー、展開力、タッチの良さが評価されていました。

2019年ウィンブルドン・ジュニアでは、芝という特殊なサーフェスで、前に出るプレーやバックハンドの攻撃性を生かして勝ち上がっています。決勝ではネットプレーで多くのポイントを奪った点が印象的です。

つまり、ジュニア時代の望月選手は、「日本人離れした体格やパワーで勝った選手」ではなく、技術・展開力・芝への適応力で世界を取った選手という見方ができます。

神奈川県内での所属歴 Y.S.C.、レニックス、Team YUKA

望月選手のジュニア時代の所属として、Y.S.C.テニスアカデミー、IHSMレニックス、Team YUKAがあります。

幼少期にはY.S.C.テニスアカデミー、関東ジュニアではレニックス所属でした。その後、Team YUKAにも所属しています。神奈川県内で全国レベルの選手に育ち、その後、海外育成ルートへ進んだことが、望月選手のジュニア時代の大きな特徴です。

小学生時代に国内大会で上位に入り、その実績を土台にして、より高い環境へステップアップしました。国内のジュニア大会、神奈川県・関東の競技環境、海外アカデミーという段階を踏んでいます。

12歳でIMGアカデミーへ 盛田正明テニス・ファンドの奨学生に

望月選手のキャリアを大きく変えたのが、12歳での渡米です。

IMG Japanのプロフィールによれば、望月選手は12歳で盛田正明テニス・ファンドの奨学生となり、アメリカ・フロリダ州のIMGアカデミーへテニス留学しました。

盛田正明テニス・ファンドは、錦織圭選手や西岡良仁選手など、日本男子テニスのトップ選手の育成にも関わってきた制度です。望月選手もこのルートに入り、10代前半から海外の強い選手たちと日常的に練習・試合を重ねる環境に入りました。

ATP公式プロフィールによれば、望月選手は9歳の頃にテニスをやめて野球に進むことも考えました。その後、12歳でアメリカに渡り、IMGアカデミーで本格的に競技力を高めていきました。

望月選手は、早くから有望だった一方で、一直線にテニスだけを迷いなく進んできた選手ではありません。それでも12歳で大きな決断をし、海外育成の環境に入りました。

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14歳以下で世界トップ級へ オレンジボウルとエディー・ハーを連続制覇

望月選手が世界の同年代トップ層に入ったことを示したのが、14歳以下カテゴリーでの実績です。

IMG Japanのプロフィールによれば、2017年、望月選手はジュニアの名門大会であるオレンジボウル14歳以下とエディー・ハー14歳以下で連続優勝しました。

オレンジボウルとエディー・ハーは、世界中の有力ジュニアが集まる大会です。ここで優勝したことは、日本国内で強いだけでなく、世界の同世代の中でもトップクラスに入っていたことを意味します。

この時期の望月選手は、パワーだけで押すタイプではなく、フットワーク、展開力、ネットプレー、タッチの良さを武器にしていました。後のウィンブルドン・ジュニア優勝にもつながる、芝でも生きるプレーの土台が、この時期から形成されていました。

2019年、全仏ジュニアでベスト4 そしてウィンブルドンへ

2019年、望月選手はジュニアのグランドスラムで一気に結果を残します。

まず、全仏オープン・ジュニアでベスト4に進出しました。クレーコートの全仏で上位に入ったことは、望月選手が芝だけの選手ではなく、ラリー戦や守備力、展開力でも世界上位に通用していたことを示しています。

そして同じ年、望月選手はウィンブルドン・ジュニア男子シングルスで頂点に立ちます。

2019年ウィンブルドン・ジュニア男子シングルス決勝で、望月選手はスペインのカルロス・ヒメノ・バレロ選手を6-3、6-2で破って優勝しました。これは日本男子として初めてのジュニア・グランドスラムのシングルス優勝でした。

ここでいうITFは、国際テニス連盟のことです。ITFは2026年から対外名称をWorld Tennisへ移行しており、ブランド表示は段階的に移行しています。

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日本人男子初のジュニア世界ランキング1位

ウィンブルドン・ジュニア優勝後、望月選手は日本人男子として初めてジュニア世界ランキング1位に到達しました。

これは、日本男子ジュニアの歴史の中でも非常に大きな出来事です。

ジュニア世界ランキング1位は、一つの大会だけで到達できる順位ではありません。欧米、南米、アジア、オセアニアのトップジュニアが集まる国際大会で、年間を通じて結果を積み上げる必要があります。

望月選手は、ウィンブルドンの一発だけで評価された選手ではありません。14歳以下の国際大会、全仏ジュニア、ウィンブルドン・ジュニア、ジュニアデビスカップなど、複数の舞台で結果を残した選手です。

ジュニアデビスカップでも日本代表として活躍

2019年、望月選手はジュニアデビスカップにも日本代表として出場し、日本チームの優勝に貢献しました。

IMG Japanのプロフィールによれば、日本はこの大会で9年ぶり2度目の優勝を果たし、望月選手はチームの中心選手として勝利に貢献しました。

個人戦のウィンブルドン・ジュニア優勝に加えて、国別対抗戦でも結果を残したことは、望月選手のジュニア時代の完成度を示しています。

ジュニア選手の場合、個人戦で強くてもチーム戦や国際大会で安定して勝つのは簡単ではありません。国を背負うプレッシャー、相手国の応援、サーフェスや環境の違いなど、国内大会とは違う要素があります。

望月選手は、そうした国際舞台を10代で経験しながら、世界ジュニアのトップへ上がりました。

プロ転向後の実績詳細

プロの壁と対峙

ジュニア時代に世界一になった選手でも、プロでそのまま勝てるわけではありません。

男子テニスでは、ジュニアのトップ選手がプロのトップ100に入るまでに、体格、フィジカル、サーブ力、リターン力、長期遠征への適応、ランキングを上げるための試合選びなど、多くの課題があります。

望月選手も、プロ転向後すぐにATPツアーで勝ち続けたわけではありません。
望月選手はITFジュニアサーキットを119勝45敗で終えました。その後、プロの舞台ではチャレンジャーツアーを主戦場に経験を積みました。2023年にはバレッタ・チャレンジャー、2025年にはヌメア・チャレンジャーで優勝しています。

チャレンジャーツアーは、ATPツアー本戦の一つ下に位置する重要なカテゴリーです。ここで勝てなければ、グランドスラム本戦やATPツアーで安定して戦うランキングには届きません。

望月選手は、ジュニア王者として注目されながらも、チャレンジャーや予選を回り、地道にランキングを上げてきました。

2023年ジャパンオープンでATPツアー初勝利、そしてベスト4

プロ転向後の大きな転機となったのが、2023年のジャパンオープンです。

望月選手はワイルドカードで本戦に出場し、1回戦で世界ランク31位のトマス・マルティン・エチェベリ選手を6-4、7-6で破り、ATPツアー本戦初勝利を挙げました。

さらに2回戦では第1シードのテイラー・フリッツ選手を0-6、6-4、7-6で破る大金星を挙げました。準々決勝ではアレクセイ・ポピリン選手を7-5、2-6、7-5で下し、ATP500のジャパンオープンでベスト4に進出しました。

準決勝ではアスラン・カラツェフ選手に3-6、4-6で敗れましたが、この大会は望月選手にとって非常に大きな意味を持ちました。

それまで「ジュニア時代の実績がある選手」という見られ方だった望月選手が、ATPツアーの本戦でトップ選手を破り、日本のファンの前で存在感を示しました。

特にフリッツ戦の勝利は、望月選手がツアーレベルの選手に対しても、展開力と粘りで勝負できることを示しました。

グランドスラム本戦への挑戦

望月選手は、2024年以降、グランドスラム本戦にも出場しています。

望月選手は2024年全豪オープンにラッキールーザーとして出場し、2024年全仏オープンには予選勝者として出場しました。2025年ウィンブルドン、2025年全米オープンにも予選勝者として本戦に入りました。

2025年ウィンブルドンでは本戦1回戦を突破し、2回戦で第17シードのカレン・ハチャノフ選手と対戦しました。フルセットの末に敗れましたが、芝のグランドスラムで戦える感触をつかんだ大会でした。

そして2026年、望月選手は再びウィンブルドンで予選から本戦入りし、初のベスト16と躍進しました。

2026年ウィンブルドン、初のベスト16へ

1回戦:マックス・ベイシング戦 予選から本戦へ

2026年ウィンブルドンで、望月選手は予選3試合を勝ち抜いて本戦に入りました。

本戦1回戦の相手は、同じく予選勝者のマックス・ベイシング選手。望月選手はこの試合を6-3、6-0、6-0で制し、2年連続でウィンブルドン本戦初戦を突破しました。

このスコアは非常に大きな意味があります。

グランドスラム本戦の1回戦は、ランキングや実績に関係なく難しい試合になりやすいものです。特に予選勝者同士の対戦は、相手も芝で3試合勝って本戦に入っているため、勢いがあります。その中で望月選手は、第1セットを取った後、第2セット、第3セットを6-0、6-0で締めました。

ジュニア時代から芝で結果を残してきた望月選手にとって、ウィンブルドンは特別な舞台です。

2回戦:イーサン・クイン戦 世界47位を撃破

2026年ウィンブルドン男子シングルス2回戦で、予選勝者の望月慎太郎選手が世界ランキング47位のイーサン・クイン選手を6-2、7-6、7-5のストレートで破りました。

望月選手は大会前の世界ランキング151位。予選3試合を勝ち抜いて本戦に入り、1回戦に続いて2回戦も突破しました。これで四大大会では自身初の3回戦進出です。

スコアだけを見るとストレート勝ちですが、内容は簡単な試合ではありませんでした。第2セットはタイブレークにもつれ、第3セットも終盤まで競り合う展開になりました。それでも望月選手は、要所で崩れず、最後まで勝ち切りました。

第1セットは望月慎太郎が主導権を握る

第1セットは望月選手が6-2で先取しました。

世界ランキングではクイン選手が上位でしたが、序盤から望月選手がリターンゲームで圧力をかけました。芝ではサービスゲームのキープが重要になりますが、望月選手は相手のサービスゲームに入り込み、先に主導権を握りました。

予選から芝で試合数を重ねてきたことも、望月選手にとって大きな材料になりました。ウィンブルドン本戦の2回戦という舞台でも、立ち上がりから硬さを見せず、芝の低いバウンドに対応しました。

第2セットはタイブレークを取り切ったことが大きい

試合の分岐点は第2セットです。

望月選手は第1セットを取った後、第2セットでクイン選手の反撃を受けました。セットはタイブレークに入り、ここで落とせば試合の流れは一気に変わる場面でした。

望月選手はこのタイブレークを8-6で取り切りました。

グランドスラムの男子シングルスでは、2セットアップにするか、1セットオールに戻されるかで試合の重さが大きく変わります。望月選手はこの接戦を制し、試合全体の流れを渡しませんでした。

サービス確率46%でも、ファーストサーブ時の得点率85%

この試合で特徴的だったのは、サービスの数字です。

tennis365.netによれば、望月選手のファーストサービス確率は46%にとどまりました。一方で、ファーストサービスが入った時のポイント獲得率は85%でした。

ファーストサービスの確率は高くありませんでしたが、入った時の効果は非常に大きく、重要な場面でポイントにつながりました。

一方で、クイン選手には12本のブレークポイントを握られました。望月選手はそのうち10本をしのぎました。スコアはストレートでも、サービスゲームでは何度も苦しい場面がありました。

この試合は、望月選手が楽に押し切った試合ではありません。ピンチを何度も耐え、流れを渡さず、勝ち切った試合です。

リターンゲームで5度のブレーク 芝でも相手サービスに食い込む

望月選手はリターンゲームで5度のブレークに成功しました。

芝の試合では、相手のサービスゲームを崩すことが難しくなります。特にクイン選手のようなアメリカの若手選手は、サービスと早い展開で主導権を握る場面を作ってきます。

その中で5度ブレークしたことは、望月選手のリターン力と展開力を示しています。

望月選手は、単純なパワーで相手を押し込むタイプではありません。相手のボールを受けながらコースを変え、テンポを変え、前に入るタイミングを作ります。芝では、その判断の速さが大きな武器になります。

「身体的にもメンタル的にもきつい試合」を勝ち切った

試合後、望月選手はWOWOWのインタビューで、「身体的にもメンタル的にもすごいきつい試合だったので、勝ち切れてよかったです」と語りました。

この言葉どおり、試合は体力面でも精神面でも負荷の大きい内容でした。

第1セットは望月選手が主導権を握りましたが、第2セット以降はクイン選手もプレーの質を上げました。望月選手はリードしていながら、常に追い上げられる緊張感の中でプレーしました。

ストレート勝ちでも、楽な試合ではありません。むしろ、ランキング上位の相手に対して、苦しい場面を耐え続けたことが、この勝利の価値を高めています。

3回戦:ホダル戦 1セットダウンから逆転し、ウィンブルドン初のベスト16へ

望月慎太郎選手が、ウィンブルドンで自身初のベスト16進出を決めました。

男子シングルス3回戦で、予選勝者の望月慎太郎選手は、スペインのラファエル・ホダル選手を1-6、7-6(5)、6-4、6-4で破りました。この勝利により、望月選手は四大大会で初めてベスト16に進出!

望月選手は2019年にウィンブルドン・ジュニア男子シングルスを制しています。ジュニア時代に芝の世界一になった選手が、シニアのウィンブルドンでもついに4回戦まで勝ち上がりました。ジュニア王者としての実績が、プロの世界で時間をかけて形になった勝利です。

第1セットは1-6 ホダルの勢いを受ける苦しい立ち上がり

第1セットは、望月選手にとって厳しい入り方になりました。

19歳のホダル選手は、前の2回戦でパブロ・カレーニョブスタ選手を3-6、6-3、1-6、6-3、6-4で破って勝ち上がってきました。ホダル選手はウィンブルドン初出場、さらに芝の大会自体も初めてながら、カレーニョブスタ戦で冷静さと適応力を見せて勝利しています。

この勢いそのままに、望月選手は第1セットを1-6で落としました。

ホダル選手は若く、勢いがあり、ボールにも力があります。立ち上がりは望月選手が相手のペースを受ける形になり、早い段階で主導権を握られました。芝では一度リードを許すと、サービスゲームをキープされるだけでセットが進んでいきます。第1セットは、望月選手が相手の勢いを止め切れないまま落としたセットです。

第2セットのタイブレークが試合の分岐点

試合の流れを変えたのは、第2セットです。

第1セットを1-6で落とした後、望月選手はすぐに崩れませんでした。第2セットはサービスゲームを粘り、ラリーのテンポを変え、試合をタイブレークまで持ち込みました。

このタイブレークを7-5で取り切ったことが、試合全体の最大の分岐点です。

1セットダウンから第2セットも落とせば、試合は一気に苦しくなります。特にグランドスラムの3回戦、相手が若く勢いに乗っている場面では、2セットダウンになると挽回は簡単ではありません。

望月選手はこの重要なタイブレークで踏みとどまりました。ここでセットカウント1-1に戻したことで、ホダル選手の勢いを止め、試合を自分の土俵に引き戻しました。

望月慎太郎の「遅いボール」と緩急がホダルを崩した

3回戦で印象的だったのは、望月選手がパワー勝負だけに持ち込まなかったことです。

スペイン紙El Paísは、この試合について、望月選手の「遅いボール」がホダル選手を混乱させたと表現しています。同紙によれば、望月選手はゆったりしたテンポ、コースを突くボール、緩急の変化でホダル選手を揺さぶり、ホダル選手は52本のアンフォーストエラーを記録しました。これは、望月選手らしい勝ち方ですね。

望月選手は、体格やサーブの威力だけで押し切るタイプではありません。相手の力を利用しながら、ボールのスピードを変え、深さを変え、タイミングをずらしていきます。ジュニア時代から評価されてきた、展開力、タッチ、コートを広く使う感覚が、この試合でも生きました。

ホダル選手のような若く勢いのある相手に対して、同じテンポで打ち合い続けると、相手の強みが出ます。望月選手はそこに付き合いませんでした。

強いボールだけでなく、遅いボールを混ぜる。深く沈める。相手に打ち急がせる。こうした工夫が、ホダル選手のミスを引き出しました。

第3セット、第4セットは6-4 主導権を握り返した後の安定感

第2セットをタイブレークで奪った後、望月選手は第3セット、第4セットをいずれも6-4で取りました。El Paísも、最終スコアを1-6、7-6(5)、6-4、6-4と整理しています。

第3セット以降は、望月選手が試合のテンポを握りました。

第1セットのように相手の勢いを正面から受けるのではなく、ボールの高さ、スピード、コースを変えながら、ホダル選手に気持ちよく打たせない展開を作りました。相手に無理をさせ、要所でポイントを奪う形です。

6-4、6-4というスコアは、派手な大差ではありません。しかし、芝の試合ではこの1ブレーク差を守り切ることが非常に重要です。望月選手は、セット終盤で崩れず、2セット連続で6-4と締めました。

2回戦のクイン戦でも、望月選手は苦しい場面を耐えて勝ち切りました。3回戦でも、1セットダウンから試合を作り直し、最後まで集中力を保ちました。今大会の望月選手は、ただ調子が良いだけではありません。流れが悪い時間帯を受け入れ、そこから修正して勝てています。

4回戦:世界1位シナー戦 3-6、6-7(0)、3-6で敗退

4回戦の相手は、世界ランキング1位で第1シードのヤニック・シナー選手。
望月選手は、シナー選手に3-6、6-7(0)、3-6で敗れ、ベスト8進出はなりませんでした。

スコアだけを見るとストレート負けですが、この試合は望月選手にとって非常に意味のある内容でした。

相手は現在の男子テニスで最も完成度の高い選手の一人です。サービス、リターン、ベースラインのテンポ、ボールの深さ、どれを取っても世界最高水準です。その相手に対し、望月選手は正面からパワーで打ち合うのではなく、自分の持ち味であるタッチ、ネットプレー、タイミングの変化を使いました。

望月選手は3-4でブレークポイントを握られながら、サーブ&ボレーや高いバックハンドボレー、さらに角度のあるランニングボレーを決め、約12分に及ぶサービスゲームをしのぎました。センターコートの観客は、そのたびに大きく反応して反響がありましたね。

第2セットをタイブレークまで持ち込んだことも、あっさり終わらず魅せました。
タイブレークでは0-7と一方的に取られましたが、ここは、シナー選手の集中力とギアの上げ方が際立った印象。

第3セットも、シナー選手がサービスとリターンで主導権を握りました。望月選手は最後まで前へ出る姿勢を見せましたが、シナー選手のボールの深さ、リターンの圧力、セカンドサーブへの攻撃に押されました。

シナーが称賛した「読みづらさ」と芝への適性

シナー選手は試合後、望月選手について「何をしてくるか分からない」「芝では特にリターンが難しい」という趣旨のコメントを残しました。ASによれば、シナー選手は望月選手を「astuto」、つまり非常に賢く、抜け目のない選手と表現し、芝ではリターンが難しかったと振り返っています。

これは、望月選手の特徴をよく表しています。

望月選手は、サーブの威力や体格で相手を圧倒する選手ではありません。Guardianは、望月選手の身長や体格、サーブ面での課題に触れたうえで、ボレー技術、動き、タイミング、コートポジションの良さを高く評価しています。同記事は、望月選手が芝で力を発揮しやすい理由として、低い重心、優れた動き、ネットプレー、フラット気味のショットを挙げています。

シナー戦では、その長所と課題がはっきり出ました。

ネットプレーやタッチでは観客を沸かせました。一方で、サービスの威力と安定感では、世界トップとの差が明確に出ました。望月選手のファーストサービス成功率は53%で、ファーストサーブの平均速度は110マイル。セカンドサーブは80マイル台とされ、シナー選手に強く攻め込まれました。

つまり、望月選手は世界1位を相手に、自分の武器が通用する場面を作りました。同時に、トップの中のトップと戦うために、サービスゲームの質をさらに上げる必要があることも明確になりました。

望月選手の4回戦は、敗戦で終わりましたが、現地の評価は大きく、鮮烈な印象を残したことは、センターコートの観客からのスタンディングオベーションで明らか。特に第2セット以降、観客は望月選手がネットへ詰めるたび、バックハンドで体重を乗せるたびに強く反応しました。

これは、望月選手のプレーが単に「粘る」だけではなかったからです。

小柄な選手が、世界1位を相手に、ただ守るだけではなく、前へ出て、ボレーで仕留め、タイミングをずらし、芝の特性を生かしてポイントを作りました。観客はその工夫と勇気を見ていました。

2026年ウィンブルドンの望月選手は、予選勝者として本戦に入り、世界47位を破り、1セットダウンから逆転し、最後は世界1位とセンターコートで戦いました。ベスト8には届きませんでしたが、世界に自分のプレースタイルを示した大会です。

ジュニアが学べる点 体格差を言い訳にせず、自分の勝ち方を磨く

望月選手のウィンブルドンから、ジュニア選手が学べることは非常に多くあります。

一つ目は、体格差を言い訳にしないことです。

男子テニスはパワー化が進み、サーブとフォアハンドの威力が大きな武器になります。望月選手は、その土俵だけで勝負する選手ではありません。ネットプレー、タッチ、フットワーク、相手の力を利用する技術で勝負します。

二つ目は、芝のような特殊な環境では、強打だけでなく判断の速さが重要になることです。

芝ではボールが低く滑ります。待っていると打点が落ち、相手に先に攻められます。望月選手は、前に入る判断、ネットへ出る判断、遅いボールを混ぜる判断でポイントを作りました。

三つ目は、ジュニアの成功がゴールではないことです。

望月選手は2019年にウィンブルドン・ジュニアを制しました。しかし、プロで結果を出すまでには時間がかかりました。チャレンジャー、予選、ATPツアー本戦の壁を越えながら、2026年にウィンブルドンでベスト16まで進みました。

ジュニア時代に強いことは大切です。ただし、それはゴールではありません。プロの世界では、体格、サーブ、リターン、フィジカル、試合数、遠征、ランキングなど、まったく違う課題が待っています。望月選手の歩みは、ジュニアの実績をどう大人のテニスにつなげるかを考えるうえで、非常に大きな教材です。

望月慎太郎選手の強み 芝で生きる展開力とネットプレー

望月選手のプレーの特徴は、単純なパワーだけではありません。

ジュニア時代から評価されてきたのは、コートを広く使う展開力、フットワーク、タッチ、そしてネットプレーです。2019年ウィンブルドン・ジュニア決勝では、ネットプレーでもポイントを重ね、芝への適応力を示しました。

芝では、クレーやハード以上に、低い打点への対応、前への入り方、リターン後の1本目、スライスやボレーの使い方が重要になります。

望月選手は、体格やサーブの威力で圧倒するタイプではありません。その分、相手の力を利用しながら、テンポを変え、コートの中に入って展開するプレーが持ち味です。

今回のクイン戦でも、ブレークポイントを多く握られながら耐え、リターンゲームで5度ブレークしました。サービスだけで押し切るのではなく、相手のサービスゲームに圧力をかけ、要所でポイントを奪いました。

ジュニア選手・保護者が注目したいポイント

望月慎太郎選手の経歴から、ジュニア選手や保護者が学べることは多くあります。

まず、国内の小学生大会から世界へつながる道があるということです。望月選手は川崎市立向小学校の選手として全国小学生大会でベスト4に入り、その後、神奈川県内・関東の競技環境を経て、12歳でIMGアカデミーへ渡りました。

次に、海外に出ればすぐに成功するわけではないということです。望月選手は12歳で渡米し、14歳以下で世界トップ級の実績を残し、16歳でウィンブルドン・ジュニアを制しました。それでも、プロではチャレンジャーや予選から地道に積み上げる時間が必要でした。

そして、ジュニアの成功はゴールではなく、プロへの入口です。

2019年の望月選手は、日本男子ジュニア史上最高クラスの実績を残しました。しかし、本当の意味でプロの世界で評価されるためには、その後の数年間が必要でした。2026年ウィンブルドンの3回戦進出は、その積み重ねの結果です。

まとめ

望月慎太郎選手は、神奈川県川崎市から始まり、川崎市立向小学校の選手として全国小学生大会で結果を残し、神奈川県内の競技環境を経て、12歳でIMGアカデミーへ渡りました。

14歳以下ではオレンジボウルとエディー・ハーを制し、2019年には全仏ジュニアでベスト4、ウィンブルドン・ジュニアで日本男子初のグランドスラム・ジュニア優勝。さらに日本人男子初のジュニア世界ランキング1位に立ちました。

プロ転向後は簡単な道ではありませんでしたが、2023年ジャパンオープンでATPツアー初勝利からベスト4に進出し、チャレンジャーツアーでも優勝を重ねました。そして2026年、予選から勝ち上がったウィンブルドンで、世界47位のクイン選手を破り、四大大会初の3回戦進出を果たしました。

ジュニア時代にウィンブルドンで世界一になった選手が、シニアのウィンブルドンで再び大きな一歩を刻みました。
錦織選手が引退表明して次世代の男子テニスを引っ張る存在として、これからの躍進が期待されます。

(2026年)ウィンブルドンとは?:沿革、特徴、歴代優勝者一覧、今年の見どころと日本人選手 | テニジュ

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