松岡修選手のプロ挑戦から考える、ジュニアテニスの教育方針

松岡修造さんを父に持つ松岡修選手が、大学卒業後に本格的にツアープロを目指す道へ進む旨のインタビュー記事が掲載されました。

「周りの人たちにも相談しました。大学のコーチにも相談して、自分の中ですごく悩んだんですけど、でもやっぱりここまでテニスを続けてこられたのも、大学のコーチだったり、トレーナーさんだったり、親が時間もお金もすごく割いてくれましたし、自分の中で1回しっかり挑戦してみる時間を作らないと絶対悔いが残るなと思いました。環境が恵まれていたこともありますし、やらせてもらおうと思いました」

挑戦する一方で、松岡は冷静に自身を見つめている。

「自分の中では期限を決めてやると決めていて、その中で納得いくような成長や結果が出なかった場合は、他のことを始めようと思っています。プロでやるということはものすごくタフな世界だと思いますし、将来コーチというのはあまり考えていないので、区切りを決めてやった方が自分的にもいいと思っています」

tennis365.net 2026/6/20

松岡修さんの今回の記事に感銘を受けた点が2点。
1点目は、幼少期にテニスをやるべく英才教育を受けたわけではない点。もう1点は、華々しいジュニア実績があるわけではないが、着実に自身で道を切り開き、成長されている点です。

松岡修造さんの息子と聞くと、幼い頃からテニス漬けで、全国大会を勝ち続けてきた選手を想像する人もいるかもしれませんが、松岡修選手の歩みを見ると少し違った姿が見えてきます。

目次

松岡修選手のプロフィール

項目内容
名前松岡 修(まつおか しゅう)/Shu Matsuoka
松岡修造さん。元男子プロテニス選手、元世界ランキング46位
日本での所属有明ジュニアテニスアカデミー所属として大会記録に掲載あり
高校慶應義塾高等学校→サドルブルック・テニスアカデミー(米国)
大学ミドルテネシー州立大学→アリゾナ州立大学
ジュニア実績2018年 U-15全国選抜ジュニアテニス選手権大会(中牟田杯) 関東予選1R(有明JTA)
主な近年実績M15有明で徳田廉大選手に勝利し、ITFツアー初のベスト8入り

幼少期はテニス一本ではなかった

松岡修選手の歩みでまず注目したいのは、幼少期にテニスだけをやっていたわけではないという点です。
小さい頃は水泳、ラグビー、サッカーなどを経験し、テニスは遊びや観戦を通じて触れていた程度だったようです。
本格的にテニスをやりたいとなったのは8歳ごろ。そこから週3、4回テニスをするようになり、少しずつ競技として向き合っていきました。
ジュニアテニスの世界では、早く始めることが有利に見える場面も多くあります。実際、低年齢から毎日のようにテニスをしている選手もいますし、10歳以下、12歳以下の段階で全国大会を目指す家庭も少なくありません。

ただ、松岡修選手の例を見ると、幼少期にいろいろなスポーツを経験したうえで、自分でテニスを選んでいることが分かります。
水泳は合わなかった。ラグビーは痛かった。サッカーも少し経験した。その中で、テニスは楽しかった。子ども自身がそう感じて続けていった流れがあります。

これは親目線ではとても大事な部分です。
子どもが小さいうちは、親が「この競技で勝たせたい」と思うよりも、まずはいろいろな運動を経験させ、その中で本人が本当に楽しいと思えるものを見つける時間があることは重要でしょう。

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松岡修造さんはテニスを押しつけなかった

もう一つ大きなポイントは、松岡修造さんが息子にテニスを強く押しつけていなかったことです。
松岡修造さんほどの実績を持つ親であれば、周囲からは「当然、子どももテニスをやるだろう」と見られやすいはずです。環境も情報もあり、親が本気になれば、幼少期からかなり専門的なテニス環境を作ることもできたでしょう。
しかし、本人のインタビューによると、父はテニスの厳しさを知っているからこそ、むしろあまりテニスをしてほしくなかったようです。

この距離感は、ジュニアテニス家庭にとって考えさせられる部分です。
テニスで偉大な実績を残された選手が子供にテニスを押し付けないケースは周囲でもよく目にしますが、ジュニアテニス家庭にとって大切なヒントがあるように感じます。

親がテニスをよく知っているほど、つい早くから型にはめたくなることがあります。フォーム、練習量、試合数、ランキング、進路。見えているものが多い分、子どもの将来を先回りして考えてしまうこともあります。
でも、テニスは長く続けるスポーツです。小学生のうちに親が熱くなりすぎてしまうと、子ども本人の「やりたい」という気持ちよりも、親の期待が前に出てしまうことがあります。
松岡修選手の場合、最初から父に引っ張られてテニスを選んだというより、本人が楽しいと感じてテニスを選んでいます。ここは、将来的に本気で競技に向かううえで、とても大切な土台だったのではないでしょうか。

松岡修造さんの息子としてのプレッシャー

もちろん、松岡修選手にとって、父の存在は大きな注目にもつながります。
松岡修造さんは、日本男子テニス界を代表する存在です。元世界ランキング46位、日本人男子としてATPツアーで優勝した実績を持ち、引退後もテレビやスポーツ指導の場で広く知られています。
その息子としてテニスをする以上、周囲から比較されることは避けられません。
勝てば松岡修造の息子と言われ、負ければ父と比較されることもあるかもしれません。普通の選手なら受けなくてよい注目を、若い頃から受け続ける難しさがあります。
ただ、松岡修選手は、その注目をかなり前向きに受け止めています。

「良くも悪くも注目される」と理解したうえで、それを自分の結果と成長によって良い注目に変えていきたいという姿勢です。
親の名前を重荷としてだけ受け取るのではなく、メリットとして受け止め、自分の力で評価を変えていく。そこに、松岡修選手らしい冷静さと強さを感じます。

ジュニア時代の戦績

松岡修選手のジュニア時代については、全国タイトルを多く獲得してきた選手というより、怪我や進路変更を経ながら、後にアメリカで力を伸ばしていった選手です。
確認できる大会記録としては、2018年のU-15全国選抜ジュニアテニス選手権大会 関東予選男子に、有明ジュニアテニスアカデミー所属で松岡修選手が出場しています。この大会では、1回戦で第1シードの有本響選手に6-7(5), 7-5, 6-1 で敗退しています。初戦敗退ではありますが、第1シード相手にフルセットまで競った試合でした。

ジュニアテニス家庭にとって参考になるのは、松岡修選手が小さい頃から全国トップを走り続けた選手ではないという点です。
ジュニア時代に圧倒的な実績がなくても、怪我で苦しんだ時期があっても、進路を変えて海外へ渡り、大学テニスで実績を積み、そこからツアープロを目指す道があります。
もちろん、その道も簡単ではありません。海外に行くには費用も必要ですし、語学や生活環境への適応も必要です。大学テニスで結果を出すにも、相当な努力が必要です。
それでも、ジュニア時代のランキングや全国大会の結果だけで、将来を決めつけなくてもよい。松岡修選手の歩みは、その一つの事例になります。

怪我と迷いを経てアメリカへ

松岡修選手は、12歳のときに怪我で1年半ほどプレーできない時期がありました。
ジュニア期の1年半は非常に大きいです。同世代の選手が試合経験を重ね、体も技術も伸びていく時期に、思うようにプレーできない。その間にランキングや実績の差が広がることもあります。

復帰後も満足な練習ができず、結果も残せなかったことで、一度はテニスを辞める決断をしたともあります。
そこから、トレーナーの言葉をきっかけにもう一度テニスを続けることを決め、慶應義塾高等学校を半年で辞めて、アメリカのサドルブルック・テニスアカデミーへ進みました。慶應を辞める、、この選択は、大きな決断ですね。

日本の学校に残る道もあったはずです。慶應義塾の附属校という安定した進路を考えれば、普通は簡単に離れられるものではありません。
それでも、もう一度テニスに本気で向き合うために環境を変えた。ここに、松岡修選手の挑戦の始まりがあります。

大学テニスで力をつけた

アメリカに渡った後、松岡修選手はミドルテネシー州立大学を経て、アリゾナ州立大学へ進みました。
ミドルテネシー州立大学では、1年目からすべてが順調だったわけではありません。公開プロフィール上では、シングルスの成績は1年目が7勝12敗、2年目が18勝16敗、3年目が16勝7敗とされており、年を追うごとに成績を上げています。
この流れも、ジュニア家庭には参考になります。
早くから完成されていた選手というより、環境の中で少しずつ成長してきた選手です。チームの中で練習し、試合を重ね、勝ったり負けたりしながら、自分のテニスを積み上げていったタイプに見えます。
アメリカ大学テニスは、ただテニスをするだけではありません。学業、チーム活動、遠征、フィジカル、英語での生活、コーチやチームメイトとの関係など、競技以外の力も求められます。
そうした環境で数年間を過ごしたことは、松岡修選手にとって大きな財産になっているはずです。

松岡修選手の凄いところ

松岡修選手の凄さは、ジュニア時代のタイトル数ではなく、途中で折れそうになりながらも、自分の道を作り直してきたところにあります。
怪我で長くプレーできない時期があり、一度はテニスを辞めることも考えた。それでも、もう一度続けると決めてアメリカに渡り、大学テニスで実績を積んできました。
さらに、松岡修造さんの息子という大きな注目を、逃げるのではなく前向きに受け止めています。
これは簡単なことではありません。

二世選手は、どうしても親と比較されます。
特にテニスは費用面でも相当の負担がかかり、親の力は不可欠です。
よって、学歴や環境面で恵まれ、良い面もあれば、注目や嫉妬を含むストレスもあるでしょう。

特に父が松岡修造さんであれば、その比較はかなり大きなものになります。それでも松岡修選手は、自分の結果と成長で評価を変えていこうとしています。
親や周囲が時間もお金もかけて支えてくれたことを理解し、そのうえで「一度しっかり挑戦したい」と考えている点も印象的です。親のサポートを当たり前にするのではなく、感謝として受け止め、自分の挑戦につなげている。ここは、応援したくなる大きな理由です。

これから立ちはだかる壁

一方で、ツアープロを目指す道はかなり厳しいです。ITF男子ツアーやATPチャレンジャーに出場しながら、ランキングを上げていく競技生活に入るという意味ですが、遠征費、宿泊費、航空券、コーチ費、トレーナー費、ラケットやストリングなどの用具費。ランキングが上がるまでは、賞金だけで活動を回すのは簡単ではありません。

さらに、ITFで勝てるようになっても、チャレンジャーで勝つにはまた一段階上の実力が必要になります。チャレンジャーで安定して勝てるようになって、ようやくATPツアーへの道が見えてきます。

ジュニアの将来を考える事例として参考になる点

松岡修選手の挑戦から、ジュニアテニス家庭が学べることはいくつもあります。
まず、幼少期からテニスだけに絞らなくてもよいということです。
小さい頃にいろいろなスポーツを経験し、その中で本人がテニスを選んだ。これは、長く競技を続けるうえで大事な流れだと思います。
親が「この子にはテニスをやらせたい」と思う気持ちは自然です。特に親自身がテニス経験者だったり、テニスの魅力をよく知っていたりすると、早くから本格的に取り組ませたくなることもあります。
ただ、子どもが本当に伸びていくには、本人の「楽しい」「もっとやりたい」という気持ちが欠かせません。
松岡修選手の場合、父がテニスを押しつけすぎず、本人が選ぶ余地があったことは、とても大きかったのではないでしょうか。
次に、ジュニア時代の結果だけで将来を決めつけなくてよいということです。
全日本ジュニアや全国選抜で勝つことは、もちろん大きな実績です。しかし、そこだけが将来のルートではありません。
松岡修選手のように、怪我や伸び悩みを経て、海外アカデミー、アメリカ大学テニス、そしてツアープロ挑戦へ進む道もあります。
もちろん、誰でも同じ道を選べるわけではありません。家庭の経済状況、語学、進学、本人の性格、海外生活への適性など、さまざまな条件があります。
それでも、ジュニアの進路は一つではないということは、知っておいてよいと思います。

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親の役割を考えるきっかけ

松岡修選手の話は、親の役割を考えるうえでも参考になります。
親ができることは、子どもの代わりに勝つことではありません。子どもの代わりにテニスを好きになることでもありません。
できるのは、いろいろな経験の機会を作ること、本人が本気になったときに環境を整えること、迷ったときに支えること、そして必要以上に先回りしすぎないことなのだと思います。
松岡修造さんほどの実績を持つ親でも、最初から息子をテニス一本に誘導したわけではなかった。むしろ、テニスの厳しさを知っているからこそ、慎重な距離感を持っていた。
この点は、ジュニアテニス家庭にとって大きなヒントになります。
低年齢のうちから強くなることは大切です。ただ、それ以上に、長く続けられる気持ちを育てることも大切です。
親が熱くなりすぎると、子どもが自分で選んだ感覚を持てなくなることがあります。逆に、子ども自身が「自分で選んだ」と思える競技は、苦しい時期にも踏ん張りやすくなります。
松岡修選手が怪我や迷いを経てもテニスに戻ってきた背景には、本人がテニスを楽しいと感じ、自分で選んだ感覚があったのではないかと思います。

松岡修選手の挑戦を応援したい

松岡修選手の挑戦は、まだ始まったばかりです。
現時点でATPツアーで結果を残しているわけではありません。これからITFで勝ち、チャレンジャーで勝ち、ランキングを上げていく必要があります。
道のりは簡単ではありません。
それでも、この挑戦には応援したくなる要素があります。
小さい頃からテニス一本ではなく、いろいろなスポーツを経験したうえでテニスを選んだこと。怪我で苦しみ、一度は辞めることも考えたこと。高校年代で大きく環境を変え、アメリカに渡ったこと。大学テニスで少しずつ力をつけ、父の名前ではなく、自分の結果で評価を変えようとしていること。
ジュニアテニスでは、早く結果が出る選手が注目されやすいです。小学生、中学生の全国大会で勝つ選手は、もちろん素晴らしいです。
ただ、すべての選手が同じタイミングで伸びるわけではありません。
早く伸びる選手もいれば、怪我を経て伸びる選手もいます。日本では結果が出なくても、海外の環境で伸びる選手もいます。大学テニスを経て、20代からもう一段階成長する選手もいます。
松岡修選手の挑戦は、そうした別の伸び方を感じさせてくれます。
これからITF、チャレンジャーでどこまで勝ち上がれるのか。松岡修造さんの息子としてではなく、松岡修という一人の選手として、どんな成長を見せてくれるのか。
ジュニアテニスの将来事例としても、一人の選手の挑戦としても、これからの歩みを楽しみに見ていきたいです。

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