世界的なテニススターである大坂なおみ選手。
その名前を聞くと、全米オープンや全豪オープンでの優勝、セリーナ・ウィリアムズ選手を破った歴史的な試合、そして世界ランキング1位に立った姿を思い浮かべる方も多いと思います。
一方で、ジュニアテニスをしている子供を持つ親目線で見ると、大坂なおみ選手の歩みは「いきなり世界で勝った天才」という一言だけでは片づけられないものがあります。
幼少期の環境、家族の支え、姉との競争、海外での生活、そして決して楽ではなかった経済的な背景。そうした積み重ねの先に、世界トップ選手としての現在があります。
また、大坂選手は競技成績だけでなく、スポンサー契約やブランド価値という面でも、女子アスリートの中で非常に大きな存在になりました。テニスという競技が、トップに立つとどれほど大きな市場価値を持つのかを示した選手でもあります。
この記事では、大坂なおみ選手の生い立ちからジュニア期、プロ転向後の活躍、そして年収・スポンサー契約の推移までを整理していきます。
ジュニアテニスに取り組むご家庭にとっては、「どのような環境で育ったのか」「どのタイミングで頭角を現したのか」「スポンサー契約とはどういう意味を持つのか」といった点も、ひとつの参考になるかもしれません。
多文化のルーツを持つ家庭に誕生
大坂なおみ選手は、1997年10月16日、大阪府大阪市で生まれました。
父はハイチ出身の大坂レオナルド政志さん、母は北海道根室市出身の環さん。姉の大坂まりさんとともに、2人姉妹の次女として育ちました。
大坂選手の特徴を語るうえで欠かせないのが、この多文化の家庭環境です。日本にルーツを持ち、ハイチにもルーツを持ち、さらに幼少期からアメリカで生活することになったことで、非常に国際的な感覚の中で成長していきました。
テニスは世界中を転戦するスポーツです。ジュニアのうちは国内大会が中心でも、上のレベルに進むほど、言葉、文化、食事、移動、時差、さまざまな環境への適応力が必要になります。
大坂選手の場合、そうした「世界で戦うための感覚」が、かなり早い段階から生活の中にあったと言えるのかもしれません。
父はハイチからの移住経験を持ち、母は日本的な生活習慣や規律を大切にする方だったとされています。異なる文化が家庭の中に自然に存在していたことは、大坂選手のアイデンティティや考え方にも大きな影響を与えたはずです。
もちろん、子供にとって多文化環境は良い面ばかりではありません。自分はどこに属しているのか、どの文化を大切にするのか、時には迷いもあったと思います。
それでも、大坂選手はその複雑さを自分の個性として受け止め、世界中のファンから応援される存在へと成長していきました。
幼少期の転機:アメリカ移住
大坂なおみ選手にとって、大きな転機となったのがアメリカへの移住です。
なおみ選手が3歳のころ、家族は日本を離れ、アメリカへ移りました。移住先はニューヨーク州。父は、娘たちにより良い競技環境を与えたいという思いを持っていたとされています。
ジュニアテニスをしている家庭ならよく分かると思いますが、テニスは環境の影響がとても大きいスポーツです。
近くに使いやすいコートがあるか。練習相手がいるか。照明付きのコートで夜も練習できるか。大会に出るための移動が可能か。指導者や情報にアクセスできるか。
こうした要素が、子供の成長に少しずつ影響していきます。
大坂家は、決して裕福な家庭環境からスタートしたわけではありません。母は生活費を支えるために複数の仕事を掛け持ちし、父は姉妹のテニス指導に力を注ぎました。
プロ選手の華やかな姿だけを見ると、どうしても「才能があったから成功した」と見えてしまいます。しかし、その裏側には、家族全員で時間と労力を注ぎ続けた日々がありました。
ジュニアテニスでも、子供本人の努力だけでなく、送り迎え、練習環境、道具、遠征、食事、メンタル面の支えなど、家族のサポートは非常に大きな意味を持ちます。
大坂選手の歩みを見ていると、トップ選手の原点には、やはり家族の覚悟と継続的な支えがあったのだと感じます。
テニスとの出会い
大坂なおみ選手が初めてラケットを握ったのは、3歳ごろだったとされています。
父が中古のラケットを用意し、近所の公園などでボールを打たせたことが、テニスとの出会いでした。最初から本格的なアカデミーで英才教育を受けたというよりも、家庭の中で自然にテニスが始まっていった形です。
この点は、ジュニアテニスのご家庭にとっても興味深いところです。
最初から完璧な環境がそろっていなくても、子供がラケットを持ち、ボールを打ち、親やきょうだいと一緒に楽しむ。その小さな積み重ねが、後の大きな成長につながることがあります。
大坂選手の場合、姉のまり選手の存在も大きかったと言われています。姉妹で一緒に練習し、時には競い合い、時には悔しい思いをしながら成長していきました。
きょうだいで同じ競技をしていると、良い面も難しい面もあります。
近くに常にライバルがいることは大きな刺激になりますが、比べられる苦しさもあります。勝った負けたで言い合いになることもあるでしょうし、親としても接し方に悩む場面があると思います。
それでも、大坂姉妹にとって、この姉妹関係は大きな成長の原動力になりました。特に、なおみ選手にとっては、姉を追いかける日々が、自然な競争心や粘り強さにつながっていったのではないでしょうか。
父は、ウィリアムズ姉妹を育てたリチャード・ウィリアムズ氏の育成法にも影響を受けたとされています。家庭を中心にした指導、姉妹での競争、長期的な視点での育成。大坂家のテニス環境にも、そうした考え方が反映されていたようです。
幼少期に養われたメンタルと適応力
大坂なおみ選手の強さを語るとき、パワフルなサーブやストロークに注目が集まりがちです。
もちろん、フィジカルや技術は世界トップレベルです。しかし、それと同じくらい重要だったのが、幼少期から養われた適応力ではないかと思います。
日本で生まれ、幼いころにアメリカへ移住し、異なる文化や言語の中で生活する。これは、大人が想像する以上に大きな変化です。
学校生活、友人関係、言葉の違い、周囲からの見られ方。子供にとっては、日常そのものが挑戦だったはずです。
その一方で、こうした経験は、新しい環境に入っていく力を育てます。
テニス選手は、毎週のように会場が変わります。コートサーフェスも変わり、気候も変わり、相手も変わります。昨日まで調子が良かったのに、今日は全く感覚が合わないということもあります。
そうした中で、自分を保ち、状況に合わせてプレーする力は、幼少期からの環境変化の経験とも無関係ではないと思います。
また、家庭内で英語と日本語に触れる二言語環境は、大坂選手の表現力や考え方にも影響を与えたと考えられます。
大坂選手は、インタビューでの率直な言葉や、時に繊細で誠実な受け答えでも注目されてきました。単に強いだけではなく、自分の言葉で考えを伝える選手であることも、彼女のブランド価値を高める要素になっています。
ジュニアテニスでも、メンタルというと「緊張しないこと」「勝負強いこと」と捉えがちです。
でも実際には、環境が変わっても受け入れる力、失敗しても戻ってくる力、自分の気持ちを整理する力など、もっと広い意味でのメンタルが大切です。
大坂選手の歩みは、そのことをよく示しているように感じます。
ジュニア期の挑戦と頭角
小学生のころから、大坂なおみ選手は地元のクラブやジュニア大会に出場するようになります。
姉のまり選手とともに試合経験を重ね、少しずつ勝ち星を増やしていきました。大坂選手の武器は、早い段階からパワフルなショットでした。特にサーブとストロークの威力は、周囲の選手とは違うものがあったと言われています。
ただし、ジュニア期からすべてが順調だったわけではありません。
大坂選手は、アメリカのジュニア大会で戦いながら成長していきましたが、必ずしもジュニア時代から世界的なタイトルを総なめにしていたタイプではありません。むしろ、プロに近づくにつれて一気に存在感を増していった選手と言えるかもしれません。
ここは、ジュニアテニスを見ている親としても大切な視点だと思います。
小学生年代、中学生年代で目立っている選手がそのままプロで成功するとは限りません。反対に、ジュニアの時点では全国的に圧倒的な存在ではなくても、体の成長、プレースタイルの確立、メンタルの成熟によって、後から大きく伸びる選手もいます。
大坂選手の場合、持っていたパワーとスケール感が、年齢を重ねるにつれて世界レベルの武器になっていきました。
また、10歳を過ぎるころには、用具メーカーや関係者の目にも留まるようになり、ラケットやシューズなどのサポートを受けるようになったとされています。
ジュニアテニスにおけるサプライヤー契約は、プロのスポンサー契約とは意味合いが少し違います。大きなお金が動くというより、ラケットやシューズ、ウェアなどの提供によって、家庭の負担を軽減する側面が強いものです。
とはいえ、用具のサポートを受けるということは、選手本人にとって大きな励みになります。
「自分は期待されている」
「もっと頑張れば、次のステージに行けるかもしれない」
そうした自覚が芽生えるきっかけにもなります。
ジュニア期の大坂選手にとっても、周囲からの期待や支援は、成長を後押しする要素のひとつだったのではないでしょうか。
プロへの道
大坂なおみ選手は、16歳でプロに転向します。
プロ転向後、世界に名前を知らしめる大きなきっかけとなったのが、2014年のスタンフォード大会です。この大会で、大坂選手は当時世界ランキング上位にいたサマンサ・ストーサー選手に勝利しました。
まだ無名に近かった若い選手が、グランドスラム優勝経験のある実力者を破ったことで、一気に注目を集めることになります。
大坂選手のプレーは、当時から非常にスケールが大きいものでした。
強烈なサーブ、思い切りの良いフォアハンド、ベースラインから相手を押し込む攻撃力。ミスもある一方で、決まったときの破壊力は、すでにトップ選手に通用するものがありました。
ジュニアからプロへ移行する時期は、多くの選手にとって非常に難しい時期です。
ジュニアでは勝てていた選手でも、プロの世界では相手の球質、フィジカル、経験値がまったく違います。遠征費もかかり、ランキングを上げるためには下部大会からコツコツ勝ち上がる必要があります。
大坂選手も、そうした厳しい世界の中で少しずつ経験を積み、グランドスラムの本戦に出場するようになっていきました。
そして、2018年の全米オープンで大きな転機を迎えます。
決勝でセリーナ・ウィリアムズ選手を破り、日本勢として初めてグランドスラムのシングルス優勝を果たしました。この優勝は、テニス界だけでなく、日本のスポーツ界全体にとっても非常に大きな出来事でした。
さらに翌2019年には全豪オープンも制し、世界ランキング1位に到達します。
わずか21歳で世界の頂点に立ったことになりますが、その背景には、幼少期からの長い積み重ねがありました。華やかな結果だけを見ると一瞬の成功に見えますが、実際には、家族で築いてきた時間、ジュニア期の努力、プロ転向後の挑戦がすべてつながった結果だったのだと思います。
近年の活躍と試練、2026年ウィンブルドンで再び女王への道を歩む
大坂なおみ選手は、2018年全米オープン、2019年全豪オープン、2020年全米オープン、2021年全豪オープンと、ハードコートのグランドスラムで4度の優勝を果たしました。
一方で、2021年以降はメンタルヘルスに関する問題、ツアー離脱、出産による長期休養などもあり、常に順調なキャリアを歩んできたわけではありません。
2023年には第一子を出産し、2024年から本格的にツアーへ復帰しました。復帰直後は、かつてのように一気に勝ち上がる大会ばかりではなく、試合勘、体力、ランキング、対戦相手のレベルなど、さまざまな課題と向き合う時期が続きました。
それでも、大坂選手の持つ強烈なサーブとフォアハンド、ビッグマッチでの勝負強さは健在で、徐々にトップレベルで戦える状態を取り戻していきます。
大きな転機となったのが、2026年の芝シーズンです。
大坂選手はこれまで、全豪オープンと全米オープンでは圧倒的な実績を残してきた一方、ウィンブルドンではベスト16以上に進んだことがありませんでした。芝コートは球足が速く、低く滑るため、ハードコートとは違うフットワークや展開力が求められます。大坂選手にとって、ウィンブルドンは長く「未開拓のグランドスラム」でもありました。
しかし、2026年のウィンブルドンでは、その評価を大きく変える快進撃を見せています。
4回戦では世界ランキング1位のアリーナ・サバレンカ選手を6-2、7-6で破り、自身初となるウィンブルドンベスト8進出を決めました。WTA公式も、大坂選手がサバレンカ選手を8年ぶりに破り、初のウィンブルドン準々決勝に進出したと伝えています。
この勝利は、単なる1試合の番狂わせではありません。
サバレンカ選手は女子テニス界の中心にいる世界1位であり、近年のグランドスラムでも安定して上位に進出してきた選手です。その相手に対して、大坂選手は第1セットを6-2で奪い、第2セットもタイブレークを制してストレート勝ちしました。報道では、サバレンカ選手にとってグランドスラムでのストレート負けは2020年以来とも伝えられており、大坂選手の勝利の大きさがうかがえます。
特に注目したいのは、大坂選手がこれまで得意としてきたハードコートではなく、芝のウィンブルドンで結果を出した点です。
2026年大会では4回戦終了時点で1セットも落とさずに勝ち上がっており、サーブ、リターン、ラリーの安定感が高まっています。芝で勝ち切れるプレーの幅が出てきたことは、今後のキャリアにとって非常に大きな意味を持ちます。
また、近年の大坂選手は、競技面だけでなく、母としての復帰、メンタルヘルスへの向き合い方、自身のルーツやファッション表現など、コート外でも注目を集めています。2026年ウィンブルドンでも、日本文化を感じさせるウェアや入場時の装いが話題となり、テニス選手としてだけでなく、世界的なアイコンとしての存在感を改めて示しました。
大坂なおみ選手のキャリアは、華やかな優勝歴だけで語れるものではありません。
グランドスラム4勝、世界ランキング1位、スポンサー収入による高い年収。その一方で、メンタル面の苦悩、出産による休養、復帰後の苦戦も経験してきました。
だからこそ、2026年ウィンブルドンでのベスト8進出は、大坂選手にとって大きな意味を持ちます。
ハードコートの女王としてだけでなく、芝の舞台でも再び世界のトップと戦えることを示した大会であり、完全復活へ向けた重要な一歩といえるでしょう。
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大坂なおみ選手のキャリアは、華やかな優勝歴や高額なスポンサー契約だけでは語りきれません。
幼少期の環境、家族の支え、ジュニア期の積み重ね、世界トップに立った後の苦悩、そして復帰への挑戦。そこまで含めて見ることで、彼女の収入やスポンサー契約の背景も、より立体的に見えてきます。
次に、大坂なおみ選手の年別賞金・スポンサー収入を、オンコート収入とオフコート収入に分けて整理していきます。
大坂なおみの年別賞金・スポンサー収入(ドル建て→円換算)
| 年 | オンコート (USD) | オフコート (USD) | 為替レート (円/ドル) | 日本円換算 (億円) | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2019 | 8.3M | 16.0M | 109 | 約26.5億円 | 全米2018・全豪2019優勝の勢い、世界ランキング1位到達 |
| 2020 | 3.4M | 34.0M | 107 | 約40.0億円 | 全米オープン優勝(2度目)、社会的発言で注目度上昇 |
| 2021 | 5.0M | 55.0M | 110 | 約66.0億円 | 全豪オープン優勝(4度目のGS)、スポンサー契約が爆発的増加 |
| 2022 | 少額(推定) | 約55.0M | 131 | 約77.6億円 | 成績低迷・途中棄権も多かったがスポンサー収入は世界トップ級 |
| 2023 | ー | 15.0M | 140 | 約21.0億円 | 出産のためツアー不出場、試合収入ゼロながらスポンサー収入維持 |
| 2024 | 少額(復帰中) | 約12.0M | 145 | 約18.7億円 | 出産後復帰シーズン、ツアー再挑戦中でスポンサー収入中心 |
| 2025 | 約2.5M | 約10.0M | 155 | 約19.3億円 | 2度のツアー準優勝、全米ベスト4、世界ランク14位まで戻す |
※Mは100万単位
2025年年収を他のスポーツ選手含めて比較
| 順位 | 名前 | 金額 | 種目 |
|---|---|---|---|
| 1 | ココ・ガウフ | 約48億500万円 | テニス |
| 2 | アリーナ・サバレンカ | 約46億5,000万円 | テニス |
| 3 | イガ・シフィオンテク | 約35億8,050万円 | テニス |
| 4 | グー・アイリーン | 約35億6,500万円 | スキー |
| 5 | ジェン・チンウェン | 約31億9,300万円 | テニス |
| 6 | ケイトリン・クラーク | 約24億9,550万円 | バスケットボール |
| 7 | ネリー・コルダ | 約21億3,900万円 | ゴルフ |
| 8 | マディソン・キーズ | 約20億7,700万円 | テニス |
| 9 | エレーナ・ルバキナ | 約19億5,300万円 | テニス |
| 10 | 大坂なおみ | 約19億3,750万円 | テニス |
| 11 | シモーネ・バイルズ | 約17億500万円 | 体操 |
| 12 | アマンダ・アニシモワ | 約16億7,400万円 | テニス |
| 13 | ジェシカ・ペグラ | 約16億2,750万円 | テニス |
| 14 | ヴィーナス・ウィリアムズ | 約15億8,100万円 | テニス |
| 15 | アタヤ・ティティクル | 約15億6,550万円 | ゴルフ |
大坂選手は、女性アスリートの中でベスト10にランキング。15人中10人がテニスですから、ごく一部の上位層の収入は凄いですね。
大坂なおみの主要スポンサー一覧【2026年更新】
大坂なおみは、テニス選手としての実績だけでなく、ファッション、ライフスタイル、社会的メッセージの発信力を含めて、世界的に高いブランド価値を持つ選手です。
これまでにスポーツ用品、ラケット、自動車、時計、決済サービス、ファッション、ビューティー、メンタルヘルス関連など、幅広い分野のグローバルブランドと契約・キャンペーンを行ってきました。
大坂なおみのスポンサー契約は、単に「強いテニス選手だから契約している」というだけではありません。
競技成績、若い世代への影響力、日本・ハイチ・米国にルーツを持つ国際性、ファッション性、社会的発信、母親としてのライフスタイルなど、複数の要素がブランド価値につながっています。
そのため、NikeやYonexのような競技面のスポンサーだけでなく、Louis Vuitton、Maybelline、Bobbie、Workdayのように、ファッション、メンタルヘルス、子育て、社会的価値観と結びついた契約も多い点が、大坂なおみの大きな特徴です。
ここでは、現在も確認できる主要スポンサー・ブランド契約を中心に、代表的な企業を整理します。
Nike(ナイキ)|ウェア・シューズの中心的スポンサー
大坂なおみのウェア・シューズ契約で最も大きな存在がNikeです。
2019年にNikeと契約し、それ以降はグランドスラムなど主要大会でNikeのウェアやシューズを着用しています。現在もNike公式サイトでは「Naomi Osaka」コレクションが展開されており、テニスウェアやシューズなどが販売されています。
近年は、単に試合用ウェアを着るだけでなく、大坂なおみの個性やルーツを反映したデザインも目立ちます。2025年全米オープンや2026年全豪オープン、ウィンブルドンでも、Nikeのオンコートウェアをベースに、ファッション性の高い演出が話題になりました。
Yonex(ヨネックス)|ジュニア時代から続くラケット契約
ラケット契約では、Yonexが長年のパートナーです。
大坂なおみはジュニア時代からYonexのサポートを受けており、現在もYonexの選手ページに掲載されています。Yonex公式サイトでは、大坂なおみがEZONEシリーズの使用選手として紹介されており、同ブランドの顔の一人といえます。
大坂なおみの強みである強烈なサーブとフォアハンドは、ラケットブランドとの相性も良く、Yonexにとっても世界市場での訴求力が大きい契約です。
Nissan(日産)|日本を代表するグローバルアンバサダー
日本企業では、Nissanとの関係も代表的です。
日産は公式ページで、大坂なおみをブランドアンバサダーとして紹介しており、「世界に挑み、変えていく同志」として応援する姿勢を示しています。
大坂なおみは日本国籍の世界的アスリートであり、日本市場だけでなく、グローバルに向けた企業イメージの発信にも適した存在です。日産との契約は、スポーツ選手としての実績に加え、日本発のグローバルブランドとの親和性が高いスポンサー契約といえます。
Louis Vuitton(ルイ・ヴィトン)|ファッション分野での象徴的契約
ファッション分野で大きな話題となったのが、Louis Vuittonとのブランドアンバサダー契約です。
2021年、大坂なおみはLouis Vuittonのアンバサダーに就任し、2021年春夏コレクションのキャンペーンにも登場しました。
この契約は、大坂なおみが単なるトップアスリートにとどまらず、ファッションアイコンとしても評価されていることを示すものです。近年の大坂なおみは、試合前の入場衣装やヘアアクセサリー、文化的背景を反映した装いでも注目されており、スポーツとファッションを結びつける存在になっています。
TAG Heuer(タグ・ホイヤー)|時計ブランドのアンバサダー
時計ブランドでは、TAG Heuerとのアンバサダー契約があります。
TAG Heuer公式サイトには、大坂なおみのアンバサダーページが掲載されており、テニス選手としてのスピード感、集中力、勝負強さとブランドイメージを重ねた契約といえます。
以前はCitizenとの契約も代表的でしたが、近年の時計ブランドとしてはTAG Heuerのアンバサダー契約がより目立つ存在になっています。
Mastercard(マスターカード)|グローバル・ブランドアンバサダー
決済サービス分野では、Mastercardとの契約があります。
Mastercardは2019年、大坂なおみをグローバル・ブランドアンバサダーに起用したことを発表しました。Mastercardが当時の女子テニス世界ランキング1位の選手をグローバルアンバサダーに迎えるのは初めてであり、アジア市場を含む国際的な発信力が評価された契約でした。
大坂なおみは、競技成績だけでなく、若い世代への影響力や多文化的な背景も含めて、グローバルブランドにとって魅力的な存在です。
Workday(ワークデイ)|社会的メッセージとも親和性の高い契約
ビジネスソフトウェア企業のWorkdayも、大坂なおみをブランドアンバサダーに起用しています。
Workdayは2021年、大坂なおみを新しいブランドアンバサダーとして迎えたと発表し、競技面だけでなく、公正な社会を目指す発信力にも注目していると説明しています。
大坂なおみは、メンタルヘルスや人種差別、社会的課題について発言してきた選手でもあります。Workdayとの契約は、単なる知名度だけではなく、価値観やメッセージ性も重視したスポンサー契約といえます。
Maybelline New York(メイベリン ニューヨーク)|メンタルヘルス啓発キャンペーン
近年の新しい動きとして、Maybelline New Yorkとのキャンペーンがあります。
2024年、メイベリン ニューヨークは、メンタルヘルス支援プログラム「Brave Together」のアンバサダーに大坂なおみを起用しました。
この契約は、化粧品ブランドの広告塔というよりも、メンタルヘルスについて「話すこと」の大切さを伝える社会的キャンペーンの性格が強いものです。大坂なおみ自身がメンタルヘルスの重要性を発信してきたこともあり、本人の歩みとブランドの活動が結びついた事例です。
Bobbie(ボビー)|母親としての発信と結びついたキャンペーン
出産後の大坂なおみを象徴する契約・キャンペーンとして、米国の乳児用ミルクブランドBobbieとの取り組みもあります。
2024年、大坂なおみはBobbieのキャンペーンに登場し、母親としての経験や、子育てと競技復帰について発信しました。
このように、大坂なおみのスポンサー契約は、競技成績だけでなく、母親としての姿、社会的発信、ライフスタイルまで広がっている点が特徴です。
Hyperice(ハイパーアイス)|リカバリー・ウェルネス分野
リカバリー・コンディショニング分野では、Hypericeとの関係もあります。
Hypericeは、アスリート投資家・パートナーとして大坂なおみの名前を挙げており、スポーツパフォーマンスや身体のケアに関わるブランドとのつながりも見られます。
トップ選手にとって、トレーニングだけでなくリカバリーやコンディショニングは重要な領域です。大坂なおみのスポンサー構成にも、単なる広告契約にとどまらず、アスリートの身体管理やライフスタイルに関わるブランドが含まれています。
過去に代表的だったスポンサー・契約
大坂なおみは、これまでにも多くの企業と契約してきました。
代表的なものとして、Adidas、Citizen、Shiseido、Nissin Foods、ANA、Panasonic、Beats by Dre、BodyArmorなどが挙げられます。
スポンサー契約は期間満了やブランド戦略の変更により入れ替わるためご留意ください。
参考文献:
Forbes
Highest-Paid Tennis Players 2016
Highest-Paid Tennis Players 2017
The Highest-Paid Female Athletes 2019
Osaka Is The Highest-Paid Female Athlete Ever (2020)
Forbes 2021 Report (June 2021)
Highest-Paid Female Athletes 2022
Naomi Osaka Profile (Forbes, 2024)
TennisWorld USA
Naomi Osaka earns $15M in endorsements despite missing 2023 season
補足:為替レート
年平均為替相場(USD/JPY)


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